フジドウです。

 

先日、遅い時間BARで1人食事をしていたら

離れた席に飲食店の店長らしき人とそのスタッフの20歳くらいの女性が座りました。

仕事終わりに飲みにきた、という感じ。

 

最初は気にしていなかったのですが

後半に『おまえ、おまえは』という言葉の連呼が聞こえてきて

ドン引きしつつも話の内容に耳を傾けてしまいました。

 

内容は、20歳の女性が神奈川から実家の新潟に行く送り迎えを彼氏に頼んだことでした。

・彼にそんな長い時間のドライブを頼むとは何事だと。

・しかも彼は消防士でそんなふうに彼氏をこき使って気遣わないのなら、今後痛い目を見るのは自分だぞ、と。

20歳の女性からしたら初めての意見で感心していたものの、上司の意見に反抗しつつ、受け入れていました。

 

これ、一般的な意見ではありますが、引っかかる。

なぜかと言うと私『威圧的に正義や正しさをかざしている人』が大の苦手なんです。

正義って正しいなら、命令口調でいう必要ないんじゃない?

なぜ、自分の意見に強引に従わせようとするのか、とそう思ってしまいます。

 

なのでそれを聞いていた私の思いは…

・上司が彼の代弁や正義を装い味方につけて無意識に感じている自分自身の不安や不満を関係ない20歳の従業員に威圧的な態度で解消している

でした。

 

ここにもエゴや無意識、隠れています。

上司には仕事の重圧、家族の重圧、蓄積した不満、不安があるのでしょう。その不安の吐口としてに彼女を使っている。

つまりエゴをこじらせている状態の人です。

 

だって20歳の彼は、ドライブ好きで、彼女のことも大好きで送り迎えが仕事の張り合いになっているかもしれない。

20歳の女性がただ一言、送り迎え嬉しいありがとういつも感謝してるよの言葉を彼女が伝えていたら、他人が口を挟むことじゃないよなぁと思ってしまうのですよ。(本当に負担で嫌なら、送り迎えしないだろうし。)

 

その上司が『おまえ』なんで言葉を使わず

「俺だったらそんなことできないから、彼氏すごいな、ちゃんと感謝してるか?そんな男滅多にいないから手放すなよ?」

と言えばですむ話ですよね。

 

 

部下に尊敬されたい、自分の意見を聞き入れてもらいたいと思うのなら

まず自分自身の抱えている無意識のエゴや不安、不満をしっかり見つめて、エゴをこじらせないことが大切だと再認識する出来事でした。

 

そして、もう一つ深く踏み込むと

なぜ、ここで私がこんなにもこの上司に引っかかったのかというと、

『同族嫌悪』つまり自分自身にも威圧的に正義をかざすクセがあるからなんだと、気づくことができます。

なので、この経験はある意味ギフトです。

そのクセをそのまま続けるのか、それともここで終わりにするか。

私は、終わりにしようと決めました。

そうすると、そのクセが出てしまった時、気づいて止めることができます、それを繰り返していけば、出る前に止めることができるようになります。

なので、その上司『おまえ』に感謝、そうやって感謝の気持ちが循環していくんだと感じました。